
!!!! 気流舎共同運営への呼びかけ !!!!
1月から共同運営はじめてます!
・最新情報は twitter(@kiryuusha)をご利用ください。
・勝手に休んでいたり時間通りに開いていなかったりもします。
・移動仮設型ブックカフェつくってます。→「さわさわ気流舎(仮)計画」
・気流舎図案室はこちらから。最近好きなデザイン。


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内田さんの本を読み、マジでブッとんだ。そして、手に入るすべての内田さんの本を集め、読んだ。
という高橋源一郎にならって
内田 樹「寝ながら学べる構造主義」文春新書
を読んでみる。ロラン・バルトの項でことばへの興味が俄然再燃。そうだ、ことばだことば! バルトだバルト! とか思って確か持っていたはずの「零度のエクリチュール」だの「物語の構造分析」だの「テクストの快楽」だのを探すが本の山からは見つからず。うーむー。しょうがないので内田の本から引用。
今後、私たちはこの織物(テクスト)は生成的なものであるという考え方を強調しようと思う。すなわちテクストは終わることのない絡み合いを通じて、自らを生成し、自らを織り上げてゆくという考え方である。この織物—このテクスチュア—のうちに呑み込まれて、主体は解体する。おのれの巣を作る分泌液の中に溶解してしまう蜘蛛のように。—「テクストの快楽」
引用元をリンクすることによって「作者」を明示することがブログの特徴だけれど、コピーされ、引用され、リンクされ、そして「読まれる」テクストにはもはや「作者」なんていない。作者を明示しようとしてリンクを張り巡らすこと自体が作者を蜘蛛の巣(ウェッブ!)のなかへ溶解させているのだ。おもしろいね。僕もこの考えには深く賛同。あなたがいま読んでいるこのテクストに作者がいるとはとても思えない。(だからこのサイトのクリエイティブ・コモンズもシェアアライクだけだ。)「作者の死」をコピーライトの原理的な否定と捉えてオープンソースの思想へとつなげるくだりは重要。音楽でもおなじことだよ。
バルトの教訓:本はきちんと整理しよう。
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