ボンガループ! http://www.kiryuusha.com/bongaloop/ 語り得ぬことがらについて語らんとしていつだってループしてしまう僕ら ja 2008-05-03T02:32:07+09:00 問うな http://www.kiryuusha.com/bongaloop/archives/2008/05/#000116 問いがあるから問うのではない。
問うから問いがあるのだ。

問うことをやめれば
それが答えだ。

]]>
梵我 bonga 2008-05-03T02:32:07+09:00
僕は僕ではない。あるいは僕でないものとしての僕 http://www.kiryuusha.com/bongaloop/archives/2008/02/#000115 何ものでもないもの
としての自己、
その自己はもはや
自己ですらない。

]]>
梵我 bonga 2008-02-21T02:03:05+09:00
世界、人、倫理 http://www.kiryuusha.com/bongaloop/archives/2008/01/#000114 倫理とは人の、世界に対する敬意である。
人がどれだけ倫理的であれるか、
というのはつまり
どれだけ世界に対して敬意を示すことができるか、
ということである。

]]>
梵我 bonga 2008-01-12T17:00:11+09:00
同一律と排中律をスーパーセット(上位互換)として ver. up する不毛な論理ループ。あるいは、フレーゲとカントールにささげるカノン。レヴィ=ストロースの夢のために。 http://www.kiryuusha.com/bongaloop/archives/2007/12/#000113 AとしてのC(A)、C(A)としてのA

ある命題をa、a'、a''...とする。
命題(a、a'、a''...)の無限集合をAとする。
その補集合をC(A)とする。

すべての要素命題(a、a'、a''...)をみたすとき、
Aが成り立つとする。


すべてはAである。
「世界はC(A)である」ということまで含めて
すべてはAである。

そして
逆もまた真なり。
すべてはC(A)である。
「世界はAである」ということまで含めて
すべてはC(A)である。


つまり、
世界はAであるけれども、
「世界はAであるということ」は
C(A)を含むし、

世界はC(A)であるけれども、
「世界はC(A)であるということ」は
Aを含む。


これらの論理は自己再帰性を有するので
言葉で厳密に定義することはできない。


そして、この不毛な論理ループですら
愛や神や真や善や美を
とらえることなどできやしないのだ。

]]>
梵我 bonga 2007-12-26T01:23:11+09:00
自由という必然、必然という自由 http://www.kiryuusha.com/bongaloop/archives/2007/12/#000112 すべては必然である。
「世界は自由である」
ということまで含めて
すべては必然である。

そして
すべては自由である。
「世界は必然である」
ということまで含めて
すべては自由である。

つまり、
世界は自由であるけれども、
「世界は自由であるということ」自体は
必然であるし、

世界は必然であるけれども、
「世界は必然であるということ」自体は
自由である。

]]>
梵我 bonga 2007-12-26T01:01:43+09:00
宇宙を抱く。無限の宇宙を。 http://www.kiryuusha.com/bongaloop/archives/2007/12/#000110 いまぼくの腕のなかで
かすかな吐息をたてて寝ている
ちいさなちいさなこの生命が
まるごとの宇宙だなんて
ちょっとすごい。
君は宇宙だ。
無限の宇宙だ。

]]>
梵我 bonga 2007-12-25T18:57:13+09:00
Think Different http://www.kiryuusha.com/bongaloop/archives/2007/12/#000109 考えることを考えること
考えないことを考えないこと

考えないことを考えること
考えることを考えないこと

]]>
梵我 bonga 2007-12-24T17:54:58+09:00
言葉ではないもののための言葉 http://www.kiryuusha.com/bongaloop/archives/2007/12/#000108 すべての言葉は、
言葉ではないものの
ためにある。

]]>
梵我 bonga 2007-12-21T02:48:43+09:00
だって http://www.kiryuusha.com/bongaloop/archives/2007/12/#000107 科学だって宗教でしょう。
宗教だって科学でしょう。

]]>
梵我 bonga 2007-12-18T04:16:44+09:00
ほんとさ http://www.kiryuusha.com/bongaloop/archives/2007/12/#000106 君が笑ってくれることなら
なんだってやってみせるさ。

]]>
梵我 bonga 2007-12-14T03:43:23+09:00
ぼくは君をとおして神の存在を知った http://www.kiryuusha.com/bongaloop/archives/2007/12/#000105 大きな大きな自然の摂理にしたがって
ぼくは君を好きになった。

]]>
梵我 bonga 2007-12-13T15:26:14+09:00
真理は真理ではない。 http://www.kiryuusha.com/bongaloop/archives/2007/12/#000104 なぜなら
完璧なものなど真理ではないからだ。
ほんとうの美は醜と同じであるように
ほんとうの真理は非真理と同じだ。

真理は真理でないものと同値だ。
集合Aはその補集合C(A)と等しい。
A=C(A)

この命題が真であるということは、
つまりこの命題は真ではないということだ。

A=C(A)⇒¬(A=C(A))

…そして、ここが重要なのだが、
真理が真理でなかったところで
日常はつづくし隣りのねこは
ひなたぼっこをつづけるのだ。


あたかもこれこそが
真理であるかのようにね。

]]>
梵我 bonga 2007-12-02T04:17:25+09:00
なんてね http://www.kiryuusha.com/bongaloop/archives/2007/11/#000103 自由とは永遠の希望である。

]]>
梵我 bonga 2007-11-30T03:13:09+09:00
神さまと左きき http://www.kiryuusha.com/bongaloop/archives/2007/11/#000102 小さいころから左ききの女の子が好きだった。
どうしてだかは自分でもわからなかった。

でもね、
君に出会ってわかったんだ。

君を見逃さないために
神さまがつけてくれたサイン
なんじゃないかってね。

]]>
梵我 bonga 2007-11-26T22:14:56+09:00
何もないのさ http://www.kiryuusha.com/bongaloop/archives/2007/05/#000101 そう、ここには何もないのさ。
探していたものなどない。

では我々の日々の営みは
すべて無駄だというのか?

いや、そんなことはない。
探すという行為にこそ
探している対象が宿るのさ。

愛なんてない。
でも愛なんて知らずに
愛し抜くことはこっけいで
美しいだろう?

それは愛なんじゃないかな。

]]>
梵我 bonga 2007-05-31T14:27:32+09:00