ちかごろの気流舎
隔週木曜21時 「夜の知恵カフェ」やってます。
これからのイベント
10月31日(金)20時 エクリプス・ナイト!
11月06日(木)20時 夜の知恵カフェ
11月12日(水)20時 論理の限界から
11月14日(金)19時 南陀楼綾繁のトーク十番勝負
・水曜定休でしたが、しばらく月曜日を定休にします。水曜日は営業いたします。
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自由な社会の条件 そのいち
大澤真幸「自由な社会の条件」という講座を受けてます。そのレジュメ(というか意訳というか)。主に自分用。全5回の1回目。
講座の概要
21世紀を生きる僕らにとって、20世紀という時代から思想的教訓を得るとすればそれは、社会構想の基底に置くのは「自由」のほかないんじゃないか、ってことだろう。そんじゃその「自由」ってなんだろう。「自由な社会」の条件ってナニかしらん。
ひとまず「自由主義(リベラリズム)」を簡単めにテーギしてみる
社会のメンバー全員が、基本的な自由を、他人の同じような自由を侵さない限りにおいて享受(エンジョイ!)することができるような社会、をめざす考え。
20セーキを簡単めに振り返っておく
1789年のフランス革命以来、「保守主義」と「自由主義」と「社会主義」が覇権を争っていたけど、1987年のソ連崩壊で決着がついた。つまり、僕らは200年かけていろいろやってみたけど、やっぱ「自由」がいいんじゃないか、ってことを確認したのが20セーキ。
自由な社会を構想する
いっさいの偏見を排除した「無知のベール」に包まれた状態で選び取る社会が理想的な社会なんじゃないか、ってことをロールズさんが言った。その社会はきっと、自由(全員に基本的な自由が与えられて)と平等(機会と格差の不平等があるときだけ自由を制限できる)を基底にしているだろう。
テキ登場!
そんじゃ自由主義でいこうか、って思ったところに新たな敵出現。それが「エコロジー」と「ナショナリズム」なんだって。へぇー。環境倫理からは、「他人の自由を侵さない限り」の範囲なんて決められない(地球は有限で自分の活動はすべて他人に影響してる)し、自由を享受すべき人々の範囲も決められない(未来のこどもたちは? 木や動物はどうなの?)っていうツッコミ。最近は多文化共生主義の形をとるナショナリズムからは、「無知のベール」なんて欺瞞で、実は近代西洋の価値観が前提されてるじゃないかっていうツッコミ。
でもね
じつはエコロジーもナショナリズムも自由主義をより徹底しようとしたところから出てきてる。自分だけとか西洋だけとかじゃダメだろうっていう自由主義内部の声なのだ。
つまり
「自由 vs. その外部にあって自由を脅かすもの」という古典的な対立ではなく、自由の内部にあって自身を脅かすものを考えないと、これからの自由は見えてこないっしょ。
っていうのが今回のお話(だと思う)。ホントは昨日がもう2回目だったのだけど、それはまた今度書きます。もうやんカレーで友達とばったり。「ブルンブルン杏仁」ウマ!
自由な社会の条件 そのに
自由な社会の条件 そのよん
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