!!気流舎共同運営への呼びかけ!!
・最新情報は twitter(@kiryuusha)をご利用ください。
・勝手に休んでいたり時間通りに開いていなかったりもします。
・移動仮設型ブックカフェつくってます。→「さわさわ気流舎(仮)計画」

!!気流舎共同運営への呼びかけ!!
・最新情報は twitter(@kiryuusha)をご利用ください。
・勝手に休んでいたり時間通りに開いていなかったりもします。
・移動仮設型ブックカフェつくってます。→「さわさわ気流舎(仮)計画」
下のエントリーを書いておきながら
自分でちょっと考えてしまった。
勝ち負けってなんだろう。
この際、人生は勝ち負けではない、とか
そもそも人と比べるものではない、という
正論はおいといて、勝ち負けで考えてみる。
ぼくの答えは、だんぜん
「シアワセの閾値(いきち)が低いひと」が勝ち。
日常のささいなことにシアワセを
感じとる能力の高いひと
といってもいいかもしれない。
やわらかな朝陽とか
一杯の珈琲とか
友だちとのくだらないおしゃべりとか
道ばたに見つけた花だとか
自分で絵を描くことだとか
まあ、なんでもいいけど
そうゆう毎日の小さなことに
よろこびを感じられるかどうか。
もうひとつ。
「いまここを楽しめるひと」が勝ち。
この瞬間の大切さを知っているひと。
結果ではなくプロセスを楽しめるひと
といってもいいかもしれない。
(ほんとはもうひとつ、
「自分を超える至高に気づいているひと」という
トランスパーソナルな考えもあるんだけど
ちょっと話が飛ぶからここでは無視しておこう。
それでも結果は一緒だから。)
で、こうゆうシアワセ能力は
六本木ヒルズに住んでる勝ち組さんたちよりも、
六畳一間に住んでる負け組くんたちの方が、
よっぽど高いような気がする。
それはもう普段から鍛えられてますからね。
こんなこと書くと
最近流行のネオ階級論者たちは
あらかじめ希望も奪われたネオプアが、
とか言うのだろうか。
まあ、それでもいいです。
ぼくは毎朝自分でドリップした
珈琲をおいしく飲んでるし、
こんな小さな部屋にも射し込んできてくれる
朝陽に感謝しながら生きている。
結構シアワセだよ。
0 Comment, 0 TrackBack | category: /alternative | permalink