ちかごろの気流舎




!!気流舎共同運営への呼びかけ!!
・最新情報は twitter(@kiryuusha)をご利用ください。
・勝手に休んでいたり時間通りに開いていなかったりもします。
・移動仮設型ブックカフェつくってます。→「さわさわ気流舎(仮)計画


Wed, 23 Nov 2005

下北沢の一万年



手持ちの
中沢新一『アースダイバー』講談社
が大変なことになっています。
テクストを丹念に読み込んでゆく類いの本
でないことはわかってます。それよりも、
書を持って街へ出よ! そんな本です。

なのに、このふせんの量。
ふせんって一定量をこえると
意味がなくなることを知りました。
どうしてこんなことになってしまったのかは、
そのうち明らかに。ぼくにとっては
とっても楽しい「お仕事」でした。


で、この本の視点にそって
一万年を俯瞰して下北沢の街をみてみると
とてもおもしろいことがわかってきます。

下北沢駅はちょうど縄文人たちが
「ミサキ(岬)」と呼んだ高台にあります。
北口が高台側で、南口は駅前から
なだらかな坂になって下っていて、
ずうっと下ってゆくと北沢川緑道があります。
いまでこそ暗渠となって
その上がビオトープ化されていますが、
かつてはもちろん、普通の川でした。
つまりこのへんが谷の最下部。

下北沢の街は北口と南口で
ちょっとだけ街の雰囲気が違います。
北口(高台側)は洋服屋さんや雑貨屋さんが多くて
どちらかといえばお洒落な明るい雰囲気。昼の街。
南口(低地への坂道側)は飲み屋さんやライヴハウスが多く、
風俗店なんかもあったりしてちょっと猥雑な雰囲気。夜の街。

高台から谷へと向かう坂道にどのような意味があり、
どのような人たちが集って街をつくってきたのかは
ぜひ『アースダイバー』をお読みいただくとして、

ぼくの選んだ気流舎の物件は
じつに南口の坂道にあります!

たしかに、とくに意識したわけではないけれど、
なんとなく気流舎は北口よりも南口の方が
合うんじゃないかなって思ってた。

もしぼくが物件探しのあいだに、
意識はしていなくともじつは大地と交歓し、
その意味を理解していたとしたら
それはすごいことだ。自分も自然の一部として
そんな感受性を秘めていたのかと思うとうれしい。

ちなみにぼくの印象では、
本文に載っていないほかの場所でも
縄文マップの細かい襞(ひだ)のいくつかは
かなり正確に対応していたので、彼の主張は
大筋において正しい気がしています。

みなさんもぜひお試しあれ。

8 Comments, 2 TrackBacks | category: /books | permalink

Comments

Ken-U wrote: 三茶-下北エリア

たびたびおじゃまします。

下北から北沢緑道(北沢川跡)を越えて、烏山緑道(烏山川跡)までの、ふたつの川に挟まれた領域は、高台になった舌状の中州のような土地だったようです。たぶん神聖な場所だったんだと思います。その高台の頂上にあたる部分の地下には縄文遺跡が眠っています。その遺跡の南端には墓地があり、聖徳太子を祀った寺があるんです。その周辺にも神社や墓地がみられます。この界隈から下北に至る途中にも古い神社が点在してますよね。

このあたりは、ぼくの散歩コースなんですよ。『アースダイバー』で、この界隈についての解説がなかったのはちょっと残念でした。自分でやれってことでしょうか。
ご存知かもしれませんが、いま高台はURが大規模な共同住宅を建設している最中です。工事がうるさかったw

かとう wrote: No title

こんちは。
そういえば烏山緑道というのもありますねぇ。
池尻辺りで合流して目黒川になるのかな。
てかあのへんは地名からして太子堂!
で、地名で今きづきましたけど、
下北沢ってそもそも「沢」じゃないですか。
んで上北沢って今では全然下北沢とつながらないんだけど、
これって北沢川の上流と下流だったんだ!
縄文マップでもおもいっきりそうなってる。

それから以前ぼくが住んでいた街は
大きな坂の街だったのですが、
かつては有数の花街でした。
それからそれから以前書いた » http
荒木町などもかつては花街でしたが、
お稲荷さんのすぐ横から崖になっていて
下には湧水があって池があるんですよ。
その谷の向こう側の高台は以前のフジテレビだし…。

Ken-Uさんもお書きになっていたように、
これだけでサイトができそうですね。
ブログではなく Wiki にすれば
誰でも編集できて全国のダイビングマップが
できたりしないかな。

Ken-U wrote: No title

こんにちは。コメント読んでると興奮してきますねw

まさに太子堂の「太子」は聖徳太子にちなんだものです。
荒木町から東南に下っていくと、東京3大貧民窟といわれた四谷鮫ヶ橋があるんですよね。荒木町周辺はいわゆる”職人”の町で、そこからやや東にある坂町は長屋街だったようです。映画監督の成瀬巳喜男の出身地なんですよね。彼の父親は刺繍職人で、その暮らしはとても貧しかったようです。成瀬作品に長屋やちんどんやなどが多く写される背景はそのあたりにあるようです。なんていろいろ出てくるんがw

ぼくにも何かの縁があって、この縄文遺跡の片隅に引き寄せられたんじゃないかと妄想しています。あと、太子様w
たしかに、Wikiのほうがオープンだし、世界が膨らんで面白いサイトができるかもしれませんねえ...

かとう wrote: No title

>職人街や貧困街について
じつはちょっと『アースダイバー』で物足りないなって
思ったところがありまして、それは、既存の都市形成史学と
もう少しリンクしてほしかったな、ということなんです。

都市が出来てきた歴史って
フツーに研究されているんですよ。
もちろん縄文まではさかのぼらないし、
大地との関係も薄いものばかりですが。

たとえば、江戸でいえば城ができると
近くに武士が住みはじめて、
彼らが必要とするものを提供する人たちが
その周辺に住みはじめます。

職人や芸能者は当時は低い身分とされていたので、
街の外辺に住むことが多かったようです。
人口が多くなると街も大きくなって、
それにつれて職人街や芸能街も外側に移動します。

上野、浅草、吉原、山谷などの形成は
そうゆう社会的、経済的要因がかなり大きいはずなんですよね。
というか、既存の都市学はその観点でしか見てこなかった。
それも充分に正しい見方ですからね。

だから、中沢さんももうちょっとそのへんを
押さえておけば、もっと深みがでたかなと。
地形と街と差別と経済のはなしなんか
つなげて考えるとおもしろいかもしれない。

ま、彼のことですからわざと
無視したのかもしれませんが。笑

かとう wrote: あー

ついでに、はなしをさらに広げてしまうと…
職業と差別については神話時代まで
さかのぼる起源を持つ可能性があります。
レヴィ=ストロース『やきもち焼きの土器つくり』みすず書房
に詳しいですが。ご参考までに。» http
そこまで考えてたらもう一冊書けちゃいますね。笑

Ken-U wrote: 畏怖と賤視

隅田川沿い(浜町周辺)に大名屋敷が並んでたみたいですね。当初は人形町あたりに吉原があり、その周辺は職人や芸人の町として栄えていたようです。いわゆる悪所というやつですね。確か大火をきっかけに悪所は移動されたようですが、その背景には差別の問題があるんでしょう。
『アースダイバー』の後に、中沢さんの叔父さんが書いた『日本の歴史をよみなおす(全)』も読んでみました。この本では、聖なるものが賤視の対象となっていく流れが簡潔に述べられていたので参考になりました。
中沢さんは叔父さんの遺志を継ぎながら仕事をされると思うので、今後、そのあたりも含めて執筆されるかもしれませんね。

» http

かとう wrote: No title

書いてくれるといいですねえ。
いろいろ勉強になります。
古本屋なのに知らないことばかり。
こうゆう会話を下北アジール(開店予定)で
できるといいですね!

Ken-U wrote: 楽しみにしてます

下北アジールいいですね。
是非、東京(世田谷)の歴史が俯瞰できるようなコーナーをつくってください。通いますよ。

Let's have a talk!

  • コメントはお気軽に。お待ちしてます。
  • コメント文以外は任意です。URL/E-Mail は公開されます。
  • 文中のURLには自動的にリンクが張られます。

TrackBacks

BLOG IN PREPARATION pinged: 「アースダイバー」 表層を剥いた東京を潜る

中沢新一著「アースダイバー」読了。中沢さんの本は、いつも予想を上回る刺激を与えてくれる。この本を読んでいると、この東京の風景がいつもの違って見えてくる。全ダイバー必携の1冊。 『生命は死に触れているからこそ豊かなのである。死との触れあいを失った生命は、も..

simple pleasure pinged: わくわく

借りてきたアースダイバーを読み始めた。 買おうかと思ったのに、人に頼むと同時に図書館で予約した。 発行(今年5月)から1ヶ月も経たない頃だ。 読みたいと思ったのはタイトルのアースダイバーというコトバに覚えがあったから、 というのが一番のきっかけだったろう。 中...

Let's connect! - TrackBack ping me at:

http://www.kiryuusha.com/blosxom.cgi/books/112305a.trackback