Wed, 26 May 2004

なんというか、その…

中沢新一『カイエ・ソバージュⅠ〜Ⅴ』講談社選書メチエ
この壮大な野心をもつ全5冊を読み終えて、心地よい疲労感とともに僕はすばらしい本に出会った時に感じる、いつものあの無力感におそわれている。放心と言えば近いだろうか。しばらくはこの本の衝撃のなかに身をまかせ、何も考えずに新しい世界(そう、それは読む前とは歴然と違う顔をしてたちあらわれてくる世界)を感じていたい、そんな気分だ。内容の要約は他にまかそう。紹介するほどの能力も僕にはないように思える。中沢新一の文章はそれ自体、詩的だ。扱われる話題の広さと思索の深さに適度なペダンチックさも相まって、扇情的で陶酔感すら感じられる。

世界はもともとこのような「詩」にみちみちているのです。いや、世界は「詩」のようにして、たえまなくつくられています。私たち人類の心も、「詩」の構造として生まれています。言語の本性は「詩」なのですし、交換の行為は、生まれたばかりのときは贈与でした。それならば世界のはじまりにあるのは、きっと純粋な愛にちがいありません。

きっと冷静に読めばいろいろと弱点もあるのでしょう。でも思想家の仕事としては、これでいいのだと思う。「対称性」という概念は中沢新一自身、この講義をすすめてゆくなかでつかんできたようで、ひとつの大きな思想が生まれでる瞬間に立ち会っている臨場感に触れることができます。「有限な思考の手続きだけを用いることで、宇宙の中の人間存在の意味をあきらかにしようとしてきた」神話的思考と同じように、この5冊の本は広大で深淵な意識の宇宙に僕らを連れ出してくれる。

付け加えておくならば…
瞑想やサイケデリックスの経験や、熊の住むカムイミンタラを一人で歩いた経験がなかったならば、この本を自分の体験として深く理解することはなかったと思う。本を読むだけでは本は読めないというか、そんな気がする。

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松岡正剛の千夜千冊

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