これからのイベント
8月21日(木)21時 セイブ・ザ・下北沢 第13回勉強会
8月23日(土)20時 第九回「ひくのかい」の定例句会
8月30日(土)15時 古典読書会
8月30日(土)19時 「映画のポケット」Vol.12「早すぎた自叙伝」
・水曜定休でしたが、しばらく月曜日を定休にします。水曜日は営業いたします。
・気流舎のメーリングリストもあります。ご参加ください。
・移動仮設型ブックカフェつくってます。→「さわさわ気流舎(仮)計画」

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8月21日(木)21時 セイブ・ザ・下北沢 第13回勉強会
8月23日(土)20時 第九回「ひくのかい」の定例句会
8月30日(土)15時 古典読書会
8月30日(土)19時 「映画のポケット」Vol.12「早すぎた自叙伝」
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Albert Hofmann, the Father of LSD, Dies at 102
(アルバート・ホフマン、LSDの父102歳で死去)
The Albert Hofmann Foundation
LSD Symposium 2006
World Psychedelic Forum
「人間と自然が別々であるという意識、生きた自然の一部分だと実感できる融合体験の無さ、これらは物質主義時代の最大の悲劇です。自然破壊や気候変動の根源的な原動力とも言えます。
このため、意識の変革には最大の重要性を感じています。サイケデリクスはこんな変革を助けるものです。人間のもっと奥深い部分を認識させ、精神的な本質を露にする道具として使えます。安全な場所で体験するサイケデリック・エキスペリエンスは意識を自然との一体感へと導く事ができるのです。
LSD、シロシビン、メスカリン等を含む一連のサイケデリクスは「麻薬・ドラッグ」とは別であり、大昔から神聖な物質として儀式等に用いられてきました。これらには毒性も中毒性もありません。そのため、私は麻薬の問題とサイケデリクスは別々に議論することが極めて大切だと思っています。そして、自己認識や精神療法、意識の根本的な研究などに役立つサイケデリクスの大きな可能性を強調するべきです。
求めている人が、神聖な薬品を通して超越的な体験ができる、近代的なエレウシスが出現する事を私は望んでいます。
魂を開き、意識を露にするこれらの薬品が、いずれ我々の社会と文化に適切な形で編入されることをこの会議は促進していると私は強く思います。」
アルバート・ホフマン博士
2007年4月19日
意識の分離
近代の合理主義が、「意識」というものをごく狭い広さと厚さに限定してしまうまでは、「意識の分離」ないし「分離された意識」というものは、ごくあたりまえの、誰もが知っている現実だった。ところが「合理的な」意識をはみだすと、近代では精神病院が手まねきしたり、神がかりの霊能者にまつりあげられかねない。さもなければただのナンセンスだ。しかし、そういう見方のほうがナンセンスで、意識はもっと広大で深淵で自由な広がりをもっているという主張が、1960年代にわきあがってきた。LSDや幻覚性キノコ、東洋宗教がこの「the altered states」への扉をひらいた。それから20年以上たって、もはやこの扉を閉ざすことはできなくなっている。
— 中沢新一(『社会学事典』弘文堂)
A.ホッフマン『LSD - 幻想世界への旅』新曜社
Albert Hofmann "LSD: My Problem Child"
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「食べられるのかね。毒キノコ?」
ええ、もちろん。
食べてみるといいかもしれません。
ヒカゲシビレタケだそうで。
Psilocybe argentipes。
人類が太古の昔から摂取してきた
聖なるキノコの一種です。
秋の夜長には最適かと…。
(写真は Livedoor NEWS)
麻薬及び向精神薬取締法
麻薬、麻薬原料植物、向精神薬及び麻薬向精神薬原料を指定する政令
(麻薬原料植物)第2条 参照
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新しいブログ始めてしまいました。
名付けて「ボンガループ!」
オレ宇宙を勝手に語りつづけるブログ。
あるいは、語り得ぬことがらについて
そんなことは重々承知のうえで
それでもなお、語ってみる試み。
まあ、ここで書いてもよかったんですけど
あんまりお店とは関係ないし(あるんだけどさ)、
興味のない人もいるだろうし、
なにより大量に書いてしまいそうだったので。
ツボな方はどーぞー。
#なぜかMT…
てかこんなことしてるヒマがあったら
開店準備しなさい、てのは真。
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ふとした言葉にハッとすることがあります。
たとえば、【無邪気】むじゃき
自分がまるでそんな人間ではないので、
無邪気な人に出会うとすてきだなって思う。
辞書的には「邪気」は悪意のことのようだけど、
ふつうの使い方では悪意があるかどうかに関わらず、
余計な思考のこと一般を指しているように思う。
で、それを「邪気」と表現しているのはすごいなと。
子供といっしょで、あどけなさは神の領域に近いという
感覚の現われなのかな、とか。
たとえば、【神業】かみわざ
よくサッカーなんかですごいプレーをこう表現したりする。
スポーツでも伝統工芸でも神業と評される動きに共通しているのは、
そこに思考が介在していないことで、人がそこに神をみて
神業と表現するのは実は自然な印象なんじゃないかなと。
思考を超えた領域のことを人は「神」と表現している
のだと思う。たぶん。
たとえば、【時間を忘れる】
よく何かに没頭(これもすごい表現だ!)している時に使われる。
実際、何かに夢中(これもね)になっているとそんな瞬間がある。
日常生活で時間感覚を失うことはまず不可能で、
意識してできることではない。唯一できるのは
そのことを意識していなかったときで、
「忘れる」ことでしか時間から自由になることは
できないのかな、とか。
…てかいちいちこんなこと
「考えてる」からダメなんだって。
ぐるぐる…。
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住んでいるアパートの隣がじつは禅寺です。
月に二回、座禅会を開いているのは知っていたけど、
なんとなく敷居が高い気がして、
行ったことはありませんでした。
でも先日、意を決してついに初体験。
いやぁ、ヤバかった。
いきなり両足を組んで背筋を伸ばして50分。
限界に近い苦痛。なのになぜか快感。
ぐるぐるとまわる意識。
それはかなりトリッピィ。
こんなに気持ちいいものだとは。
ちょっと驚き。
続けてみようかしら。
曹洞宗・曹洞禅ネット
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