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Fri, 19 Oct 2007

いま、ここの虹

以前フリーペーパーに書いた文章が
お蔵入りになりそうなのでここに再掲しておきます。
小沢健二うさぎ!」と「企業的な社会、セラピー的な社会」への
ぼくなりの、いまのところの応答。

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〈いま、ここの虹〉を生きるための
若干のブック・ガイド


 「今ここ、この場所、この時」。『うさぎ!』からひとことだけ抜き出すとすればこのことばを選びたいと思います。

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 クィルはあひる社の本棚から一冊の本をひっぱりだしてきました。『ビー・ヒア・ナウ』「まさに今ここ、この場所、この時ってことだ!」「これはね、灰色大学の心理学教授が LSD の実験に限界を感じてインドへグルを求めに旅立った記録なんだ。」「LSD だって?、インド?、グル?」「あはは、びっくりするよね。『問題は現実の中にある、具体的なことだ。』っていうのなら、もしかしたら避けたい本かもしれない。」「問題は現実の中にある、具体的なことだ!」「でもね、〈現実〉ってそんなに単純じゃない。」
 クィルはめずらしく珈琲をブラックで頼んで話をつづけました。「この本が教えてくれることはね、今ここ、この場所、この時の重要性。それから、そう、すべてはつながっているってことかな。感じる?」「いま、ここ…。すべてはひとつ…。」

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 ラム・ダス著『ビー・ヒア・ナウ』は「アメリカを変えた本」といわれています。『うさぎ!』の読者ならあんな国変わってないじゃないかと言いそうですが、基地帝国にだって灰色に対抗してもうひとつの世界を志向するひとたちがたくさんいます。そのなかでもヒッピーと呼ばれる若者たちは行き過ぎた合理主義と産業社会に鮮やかに異議を申し立てました。社会変革と自己変革が同じものであることを見抜いていた彼らは、自己の内面にも目を向けることになりました。意識の深淵さを説き、多くのヒッピーたちを意識の探求に導いたのがこの本です。以来「いま、ここ」は時間と空間のあくなき束縛から解き放たれたもうひとつの(いや、ほんとうは、いま、ここにある)世界観として共有されています。

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 「〈現実〉ってそんなに単純じゃない、ってことを教えてくれる本ならこんなのもある。」きららも本棚の奥からごそごそと本を持ち出してきました。表紙の大きなカラスがなにやら不気味な雰囲気です。「じ、じゅじゅつし?」「『呪術師と私』月のおへその国のシャーマンの話だよ。」「シャーマン!」
「そう。知ってる?」「もちろん! 知らない。」「…まぁいいけど。とにかくこの本にはあたしたちのふだん知っている現実とは別の〈現実〉もあるってことが書いてあるんだ。」「はぁ…!?」
 きららはいつものとおり珈琲をブラックで頼んで話をつづけました。「〈現実〉はね、ほんとうはもっと多様で大きなものらしい。そこまで含めて世界の総体だっていうのが月のおへその国のシャーマンの教え。べつに怪しげな話じゃない。人類は長い長いあいだそうゆう大きな世界を生きてきたんだ。『問題は現実の中にある』たしかにそうだ。でもね、そもそも現実をうたがってみる必要もありそうだよ。あたしたちの〈現実〉はもっともっと広くて多様なんだ。そのもっともっと広くて多様な〈現実〉のなかで、『問題』はどうあるのかってさ。」

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 カルロス・カスタネダ著『呪術師と私』も近代合理主義的な世界観に鮮烈な一撃を与えます。ヤキ・インディアンのシャーマンに弟子入りした人類学者が生涯をかけて書き続けたシリーズの一冊目。ふだん認識している現実が、いかに矮小化された狭いものであるかを示してくれます。「ある考えの枠組み」をうたがうのなら、わたしたちが生きる最大の枠組みである〈現実〉をもうたがってみるのが、ほんとうの世界にたいする誠実な姿勢といえるでしょう。

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 「その本のことなら知ってるよ!」うさぎが得意げに乗り出してきました。「絵本の国の学者がたしか書いていた。」以前あひる社の本棚をくまなく探検していたときに青い箱入りの本を見つけたのでした。「これこれ。」
 うさぎはブラックの珈琲とたっぷりのホット・ミルクを頼んで話をつづけました。カフェ・オ・レにしないのはうさぎ曰く、気分によってミルクの量を変えられるからでしたが、かっこうつけてブラックを頼みたいだけというのがクィルの読みでした。なにしろうさぎはこれをいつだってできるだけ甘くして飲むのでした。
 「でも読んでないけどね。」

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 真木悠介著『気流の鳴る音』はカスタネダの著作を手がかりに、もうひとつのあり得る世界を構想します。「この星には、無数の土地で、無数の共同体が考え出した、無数の社会の仕組みがあるのに!」そうきららが叫ぶように、この本では小さな思想にしばられない人間の解放が模索されます。どこまでもはばたける自由な翼をもち、同時に戻るべきあたたかでたしかな根をもつ生き方や共同体は可能か。構想は、希望として、読者への問いかけとして、ひらかれています。


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 大空に突然かかる虹は、じつは白い光が分光して可視化されているだけであるように、じつはいつだってどこだって、いま、ここにそそぐ光のうちに内在しています。そのあふれる虹の美しさに気づくことは、いま、ここの世界の充溢と歓びに気づくことでしょう。
 充溢を知ることは現実的で具体的な問題から目を背けることにはなりません。むしろ、大きく複雑な問題にたいして静かに自然体で向き合う方法を教えるのです。

 昔話の原型のひとつである神話は、話者すら知らない世界の成り立ちをみずから語ります。ひとびとは太古の昔から神話を言い伝え、世界を理解してきました。南北の両アメリカ大陸のひとびとは多くの神話群を共有しています。口承の物語は「200年」でも「500年」でもなく、数万年もの時を経てわたしたちに世界を語りかけています。基地帝国や尾長鳥の国などできるはるかはるか以前の世界です。

 すべてはいま、ここでつながっています。となりの生命とも、となりの無生物とも、もちろん、あの灰色をつくりだしたひとたちともあの憎らしい灰色の手下たちとも、自分はつながっています。

 とすれば、自分の外に敵を想定することは無意味でしょう。灰色は自分自身です。

 「土地の言葉とか、土地の物語とか」が与えてくれる「言い伝えの中にある力」は、敵に立ち向かうためではなく、もういちど虹のような彩りの美しい物語をともに語り合うためにこそ働くのではないでしょうか。

 “美のなかをともに歩むことができますように。”

 これは基地帝国に昔から住んでいたひとたちに伝わる祈りの詩(うた)です。いま、ここの美を生きること。いま、ここの虹を生きること。歓びの光はそそがれています。




・文中でふれた本
ラム・ダス『ビー・ヒア・ナウ』河出書房新社
カルロス・カスタネダ『呪術師と私』二見書房
真木悠介『気流の鳴る音』筑摩書房


・興味がある人のために
社会変革と自己変革
上田紀行『覚醒のネットワーク』カタツムリ社

すべてはつながっている(科学の側から)
福岡伸一『生物と無生物のあいだ』講談社

もうひとつのあり得る世界
見田宗介『現代社会の理論』岩波書店
ヘレナ・ノーバーグ・ホッジ『ラダック 懐かしい未来』山と溪谷社
中沢新一『カイエ・ソバージュ 全5巻』講談社

多くの神話群を共有
レヴィ=ストロース『やきもち焼きの土器つくり』みすず書房


加藤 賢一
下北沢にある珈琲と本の店、気流舎店主。
あひる社の棚を見てみたい。珈琲はブラック派。
http://www.kiryuusha.com/

2 Comments, 0 TrackBack | category: /misc | permalink

Comments

suzuki wrote: お願い

文字が小さくて読みにくいので、もう少し大きくしてもらえませんか?

かとう wrote: No title

文字の大きさはブラウザ側でも変えられるので
お試しくださいな。

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