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・勝手に休んでいたり時間通りに開いていなかったりもします。
・移動仮設型ブックカフェつくってます。→「さわさわ気流舎(仮)計画」

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夜明け前の社会学カフェ 第1回:
見田宗介 2006年『社会学入門――人間と社会の未来』岩波新書
――私たちは“いま”、ほんとうによい社会の形、
生き方の形を構想し、実現することのできるところに立っている――
メキシコのインディオたちにとって大切な祭のひとつに、ゆかりある死者を呼び出し共に時を過ごす、「死者の日」というものがある。一緒に過ごす死者は、必ずしも血縁関係ではなく、なつかしいと思う死者たちだ。このときに用意される祭りのごちそうは、自分が呼びだす死者の数よりも「一人分多く」準備される。どの死者にも呼びだされない孤独な死者を、「俺と一緒に来いよ」と、自分の呼びだす死者が誘ってくることもあるからだ。プラスワンの死者が来たときに、ごちそうがなくてさびしい思いをさせないように、必ず余分に作るのだ。
社会の近代化の中で生活を合理化しようとすれば、真っ先に削り落とされるのは、この「余分の一人分」だ。けれどもそのとき、この社会からは何かある本質的なものが削り落とされ、その社会の中で生きる人生は何かを失うことになるだろう。
社会の「近代化」ということのなかで、人間は、多くのものを獲得し、また、実に多くのものを失った。獲得したものは、計算できるもの、目に見えるもの、言葉にしやすいものが多い。しかし、喪失したものは、計算できないもの、目に見えないもの、言葉では説明できないものが多い。
私たちは“いま”、「前近代」に戻るのではなく、「近代」にとどまるのでもなく、近代の後の、新しい社会の形を構想し、実現してゆくほかないところに立っている。積極的な言い方をすれば、ほんとうによい社会の形、「生き方」の形というものを構想し、実現することのできるところに立っている。(本文の一部を抜粋要約[ダブルクォート要約者])
見田宗介さんはこの本のなかで、「近代という爆発の巨大な成功を
とおして人間が、その存在の前提としての惑星の自然をほとんど征服し
つくし、方向をどこかで転回することの他に存続の可能性はないという
事実を直視」することを促しています。
現代社会は、もはや近代の最終局面であると同時に、もはや近代では
ない時代の始まりであるという両義性の上に立っているという。近代とは
違った社会の形式と価値の基準と感覚の領域の、はるかな転回が触発されて
ゆくことになるだろう。このような人間と社会の歴史の局面をさして、未だ
名づけられてはいない革命にさしかかっているのだといいます。
見田宗介さんがこの本を書いた頃に「名づけられない革命」と呼んで
いたものの実体を、3.11を経た“いま”のわたしたちは、より具体的に構想し
実現することのできる地点に立っているのかもしれません。
第一回目の夜明け前の社会学カフェでは、『社会学入門』を手がかりに
しながら、これからの社会のあり方やその社会の中での生き方についての
いろいろな考え方をシェアできる場にしたいと思います。
お時間に余裕のある方は、ぜひ『社会学入門』をお読みになられて
ご参加くださるとよいかと思います。もちろん、当日は簡単にではありますが、
本に書かれていることをご紹介しますので、「本は読んでないけども、
これからについて考えたい」という方のご参加も大歓迎です。(K子とt)
日時:2012年6月18日(月)19:00~
場所:気流舎
会費:無料(ドリンクオーダー)
主催:夜明け前の社会学カフェ
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